ポツンと一軒家

 TVの「ポツンと一軒家」を時々見ている、毎回必ず出てくる「ガードレールのない崖っぷちの危ない山道」という嘘っぽいコメントを、『何処が危ないちゅうのかい』と腹立たしく思いながら ^^;)
でも、とにかく面白い・・・多分それに無意識に郷愁のようなものを感じているからだろうと思う。

 そこで、自分の故郷の村にも辺鄙な山奥に小さな集落があり、そこから小学生が1里以上の道を歩いて通学していたのを思い出した。

画像  村は広い盆地のような地形で周囲を山に囲まれていたが、南にだけ山地が細長く伸びていた。()は、その南に伸びた部分を含む google map である。
村の大部分は、写真の外、北側に広がっていて、そのほぼ真ん中に小学校があった。
部分は村内の集落であるが、写真の右側の広い平地と左下の集落は隣接する村のものである)

小さな川の支流が山間を南西に延び、その源流地点(赤矢印の辺り)に、戦国時代の伝説も残っている集落があったのである。小学校入学当時何戸あったかは知らないが、昭和30年に4戸あったとの記録がある。この度 google map で見たら、大きな空き地と人家らしいものがポツンと()1軒あった。

 今回測ってみたら、最寄りの集落()まで直線距離で3.4km、小学校まで同5.4kmあった。通学路沿いでは、1里を大幅に超える、6.4kmになった。山間の川に沿った道は戦後8年ほど経って県道に認定されたが、戦前はせいぜい大八車が通る程度の道幅の林道であったろう。住民にとっては生活道路でもあるが、住民の数が少なく、また山仕事も農閑期の冬のもので、人通りも殆ど無いから道には雑草が茂り、通学は大変だったに違いない。
人が住んでいるかどうかは分からないが、歴史を感じさせる古民家風ではなく、赤い屋根の建物だったので驚いた。


 今、過疎は社会問題になり、何十年か後には消滅する村も出だろうと云われているが、社会経済状況が変われば、住み難くなる所は必ず出てくる、それは仕方が無いことである。自分が育ったのは、昭和17年頃は25戸ほどの農村集落で、その内4戸が難しい山村生活に見切りを付け、田畑を買いあるいは小作人となって出てきた人達だった。事情はともあれ、祖先が汗水流して守ってきた田畑や山林、思い出のこもる家や先祖代々の墓を置いて離れるまでには、大きな葛藤があったろう。

 TV番組で取り上げられた中にも、昔は集落があった例もあるが、『過疎』を感じさせなかった。車の通行が可能な舗装道があるせいもあるが、皆ポジティブに生きているように見えたからだ、そのような一軒家だけを取り上げているのだろうが・・・

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