安土城址
4月中旬から1週間ほど中国地方を中心に観光ドライブをした。空気圧調整を頼んだガソリンスタンドでタイヤの傷(?)による空気漏れが見つかり、「修理後3日間は高速走行は出来ません」と云われあわやパニックに、だがぎりぎりて出発日に間に合った、危ないところだった。
最初の観光は、安土城址。カーナビに誘導されて着いたところは、何の変哲もない低い山の前だった(
)。これが、彼の宣教師フロイスが信長に謁見した安土城だったとは
、思っていたイメージとは全く違い、拍子抜け
ボランティアの説明員らしき人に聞いたら、「多分、このように見えたのでしょう」と、
写真中央の山の上にTVドラマなどで見るような派手な天守の最上階を置いた合成写真を見せてくれた。山頂の標高は199mだが、麓がすでに90m近くあるから、110mほどの平凡な山である。
大手道(
)の所々に「石仏」の表示がある、高さ50、60cmの地蔵か馬頭観音像のような摩滅した石仏らしきものが転がっていた。合理主義者で、比叡山も焼き討ちにしたほどだから、「石を拝んでご利益などあるものか
」と石材として使ったのだろうと思ったが、後で摠見寺と云う立派な寺の遺構を見て、「何で
」と驚いた。他力は駄目だが、禅宗はよしとしたのか。後で聞くとやはり、発掘調査時に階段部から発見されたので、階段の素材として使ったのだろうとの考えもあるとのことであった。


(天守台前の階段)

(天守台跡)
琵琶湖は霞んで、はっきりしなかった。

(城と同時期に建てられたという摠見寺の遺構)

(前方は摠見寺の仁王門)

