成熟とは



 ベストセラーになっているという、「人間にとって成熟とは何か」(曾野綾子、幻冬舎新書)を読んだ。

残りも5年程度と思っているから「成熟なんて、今更」で、生き方を変えるつもりは毛頭ないが、内容は覚えていないが以前に同じ著者のこの手のものを読んだ記憶もあって、つい買ってしまった。近頃苛立つ、特に、十分に人生経験を積み酸いも甘いも分かってるはずの高年の女性に苛立たされることが多いことも、後押ししたかもしれない。

元々は出版社のPR雑誌に連載されたものだそうで、全18話()からなる。

 第1話は、「正しいことだけをして生きることはできない」で、小見出し<すべてのことに善と悪の両面がある>に続いく次の文章より始まる。
 人間は誰でも、自分で自分を救わなくては生きていられないのだから、どんな悪い境遇になっても必ず自分を生かす要素を見つけるものだ、と私は思っている。


 1冊読み通してみての感想だが、題名は一寸ものものしいけれども、別に押し付けがましい教訓を垂れている訳ではない、自分の身の回りに起きていることを書いて「こんな風に思う」、「こんな風に生きている」と云っているのだと思うが、やはり、今の風潮に違和感を覚えることが多いのだろうと推察する。
 著者は1931年生まれ、自分より数年年上だがほぼ同世代であるからかもしれないが、1点を除いて、疑問や違和感はなかった。


次の小見出し<人間の心は矛盾を持つ>に続く3番目の小見出しは<人生には、“悪”を選んで後悔するおもしろさもある>で、中に以下の文章が出てくる。
 英語の「ワンダフル」は「フル・オブ・ワンダー」ということで、実は驚きがいっぱい、ということだ。すばらしい、という表現の基本には「想定外」が含まれるらしい。もし想定通りに事が進んだら、必ずしもワンダフルではないのかもしれない。
 驚きがいっぱいであることが、すなわちすばらしいことなのだ、という発想は実は宗教的な解釈なのだろう。神などいるものか、と言う人の考えに私は反対したことがない。神がいるかいないか、誰一人として証明できる人はいないのだから。
 ただ私は、神はいるという保証もないが、同じように神などいない、という保証もできないものだと思っているだけだ。
 そういう場合、神の人格は人間の人格をはるかに超えたものだと思われているから、もし実際に死後の私たちが神を見たら、いないと言い切ってしまっていると具合が悪くなる。会社の人たちとしこたま酒を飲んで管を巻き、「社長なんかなんでぇ、あのバカ!」と怒鳴った瞬間に当の社長が目前に現れたらやはり具合が悪いものだろう。だから私は神がいる方に賭けるのだ、といつも言っている。
    (中略)
 それに対して神は、自分の計画を人間の上に着々と実行する。だから神は「人間には予測できないようなすばらしい」 ことが起きるという驚きと幸福を与えたが、恐らく神ご自身は、そういう幸せをお感じになることはあるまい。


 「ワンダフル」が、「想定外」すなわち未知・未経験との遭遇とは、まさに眼から鱗、周囲に不安を持たれながらの山歩き、いい歳をしての昆虫少年の真似事にも自信が付いた (^^;)

 だが後半は、「信仰を持った者なら、こんな言い方をするだろうなあ」とは思いながらも、興醒め、いや「えらそうに」と反発心も起きた。

第1話の最後は次の文で締めくくられる。
 いつも言うことだが人は皆ほどほどの生き方をしている。身勝手なような人も意外と他者のことも心に留めている。社会正義は誰でも好きなのだが、それも時と場合と程度によって簡単には決められないと密かに考えて悩んでいる。アラブの人たちはこの正義という点に関してもっと大人で正直だから、彼らは格言の中で次のように言っている。
「正義はいいものだ。しかし誰も家庭ではそれを望まない」
 家の中で正義を貴いているというのは嘘だし、端的に住みにくくなるということだからだろう。


 第2話は、「『努力でも解決できないことがある』と知る」で、小見出し<祈ったことのない人間は存在するか>の中に、以下の文章がある。
 「私は神なんか信じませんからね」と言明する人に会うと、「そんなことを言っていいのかなあ」と心の中で思いながらにこにこしていた。神がいないなら、この人は決して祈るということをしないのだろう。しかしそれを公言すると、ほんとうは困るのではないかなあ、というのが私の実感だった。

 二〇一一年三月十一日の東日本大震災の時、たくさんの人が津波に流された。つい一分前まですぐそこにいた夫や子供が、瞬間的に濁流に呑まれて姿を消した。誰もが、必ずどこかで生きていると思っていたろう。自分が間一髪で助かったように、流された家族も、必ず他人の家の屋根の上や、途中の電信柱に掴まって助かっているにちがいない。そのうち会える。明日になれば会える、と思う。
 やがてそのうちにその希望は祈りに変わるのだ。どうぞ神さま、仏さま、家族を助けてください、と祈る。助けられるのは、あなたしかいないのです、と願う。これが普通だ。
 神なんかいないと言う人は、そういう時でも、あの人が生きていますようにとは決して祈らない、ということだ。私にはそんなことはとてもできなかった。生き死にの問題ですらなく、ただ単に、その人の病状が長引いているというだけで、私は神に祈った。


 『神がいないなら、この人は決して祈るということをしないのだろう。』、これには参った、つていけない
日頃無神論者と自覚している者であったとしても、「祈らずにはおられない」あるいは「祈りたい」状況になることはあり得るし、そこで「神様(あるいは仏様)、お願いします」と云う場合もあろうし、ただ天を仰いで「○○なりますように」と祈ることもあるだろう。でも後で冷静になれば、「祈ったからといって、物事が叶えられる訳ではない」と必ず思うだろう。
それでよいではないか。
「叶えられなかったのは、神から与えられた試練だからだ」などと屁理屈を持ち出さなくても、乗り越えられる。それが、大方の日本人だろう。

 この本で、と感じたのは、以上のような「神」に関連する部分である。信仰を持つ者なら、そう考えても不思議では無いと思うものの、はっきり言い切るのは成熟した人間としては一寸不遜ではないか、と思ったりする。

文中には、2人の女性大臣経験者を批判したものも含まれている。
さらに以下のような文章もある。
やはり、これは「文化功労者」ならでは著書である。
◆第13話 <存在感をはっきりさせるために服を着る>より
 
 服装は、軍隊のような特殊な集団でない限り、ほんとうは個の確立のためにあるのだ。つまりその人が目立つために装うのである。目立つということは 「私はこう考えています」「私はこう振る舞います」ということの証でもある。礼装以外の軍服が目立たなくていいのは、兵は自己を主張して目立ってはいけない、集団の力を要求されるからだ。
 目立たない服装がいいということはない。それは恐怖心の表れであり、無思想の証拠でもあり、自己が未完成という弱さを表していることでもあるだろう。


◆第15話 <他人を理解することはできない>より

 困難の中に楽しさもおもしろさもあるという単純なことさえ、平凡な暮らしを望み続ければ理解することができない。用心深いと言うより、小心な人の生涯は、穏やかだという特徴はあるが、それ以上に語る世界を持たないことになる。だから多分、そういう人は、他人と会話をしていてもつまらないだろう。語るべき失敗も、人並み以上のおもしろい体験もないからである。話のおもしろい人というのは、誰もがその分だけ、経済的、時間的に、苦労や危険負担をしている。人生というのは、正直なものだ。


 普通、「人間にとって成熟とは何か」などと云う本は、青年期を除けば、読む気にはならないだろうと思っていたので、ベストセラーと云われているのが、一寸不思議な気がする。

 著者は、昭和30年前後だったと記憶しているが、故有吉佐和子とともに「才女」ともてはやされた。自分は当時まだ学生だったから、小説は読んだ記憶はないが、もしこの本のようなタイトルで出版されたら、「才女」に惹かれて必ず買ったに違いない。

この本の購買層はどの辺りなのだろう。「才女」の記憶があるのは、恐らく70代後半からだろうから、数は多くはないだろう。やはり若い人達だろうか。

何をもって成熟と云うかは、社会の伝統や文化と関係しているだろう。著者はすでに後期高齢者である。浅学非才の自分が云うのは大それたことでおこがましいが、書かれていることは伝統的な価値観だと思う。自分にも納得がいくものばかりであった。

成熟を論じるのは、年寄りの役目・使命ではないかと思う。
時代とともに当然価値観も変わるだろうが、時には立ち止まって過去を伝統を振り返ってみるのもよいのではないか。年寄りの話に耳を傾けて見るのも・・・

この本がベストセラーになるというのは、この国も成熟した社会なのだろう。

)【目次】
第1話:正しいことだけをして生きることはできない
第2話:「努力でも解決できないことがある」と知る
第3話:「もっと尊敬されたい」という思いが自分も他人も不幸にする
第4話:身内を大切にし続けることができるか
第5話:他愛のない会話に幸せはひそんでいる
第6話:「権利を使うのは当然」とは考えない
第7話:品がある人に共通すること
第8話:「問題だらけなのが人生」とわきまえる
第9話:「自分さえよければいい」という思いが未熟な大人を作る
第10話:辛くて頑張れない時は誰にでもある
第11話:沈黙と会話を使い分ける
第12話:「うまみのある大人」は敵を作らない
第13話:存在感をはっきりさせるために服を着る
第14話:自分を見失わずにいるためには
第15話:他人を理解することはできない
第16話:甘やかされて得することは何もない
第17話:人はどのように自分の人生を決めるのか
第18話:不純な人間の本質を理解する


                              

尾根の風景


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 花が少なくなり、色鮮やかな蝶の数も減っているが、整備された公園とはひと味違った自然を感じることが出来る手頃な散策コース故に、団体で歩く人達を見かけることが多い。今朝は幼稚園児()、三、四十代()の女性ばかりの団体(下)、5人の婆さん組を見かけた。

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 畑地帯には、昔人家のあった所なのか、柿の木が多く、赤くたわわに実を付けているのに、数が減るようには見えない。
我が家にも植えているが、知り合いの小さな子達には不評である。スーパーで売っているリンゴや梨などに比べれば、味が淡泊だからか、果物とは思っていないようである。

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 今日、「キー、キー」喧しく鳴く小鳥がいた。百舌鳥にしては饒舌過ぎると思ったが、帰って拡大してみたら、やはり百舌鳥だった()。<
帰ってきたのだ   
夏の間はどこで過ごしていたのか・・・



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 タテハチョウ類は激減、今数が最も多いのは小型のシジミチョウのヤマトシジミである(左)。

バッタ類も日々数が減っているような気がする。

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 赤トンボは、ループ状の番が目立つようになった。
その1組が、偶然かどうか、肩に止まった。でもカメラを用意している間に飛び立ってしまった、残念
(こんなこともあるから昆虫老年は止められない ^^;)

 意識してる (

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(左:ヤマラッキョウ???、右:カラスウリ)


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(左:キンケハラナガツチバチ???、右:ヒメジュウジナガカメムシ)

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